BMWアルピナ 左ハンドル

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日本の交通ルールが左側通行で右ハンドルの理由

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歴史のタラレバ、左ハンドル右側通行になっていたかも

よく自動車系の掲示板に「日本はどうして左側通行で右ハンドルなのですか?」という質問があります。

これは簡単な話で、江戸幕府が終わり明治時代になると、当時世界中に植民地を展開し席巻していた大英帝国-イギリスから鉄鋼や造船などの最新の近代技術、議院内閣制などのシステムまでも全て学んだため、自動車もイギリス方式を踏襲したためです。

これも遡ること幕末、坂本龍馬の時代には討幕派の薩長同盟をイギリスが、幕府をフランスが支援しています。銃や大砲、軍艦などを売りつけていたのです。

今の時代も、シリアなど中東でロシアが政府軍へ、アメリカが反政府軍やゲリラに武器を売っているのと同じ構造です。

当然ながら、江戸幕府も薩長同盟もイギリスやフランスの言いなりになっていたのでは、植民地として国を2分割されてしまうことは解っていましたので、早期に内戦を終結させるべく様々な人たちが動いていました。その結果が、「大政奉還」「江戸城無血開城」なのでした。

最後の将軍「徳川慶喜」は、江戸幕府の終焉と共にフェードアウトを望んでいたわけでは無く、新体制に移行しても貴族院(現在の参議院)の議員として徳川家が新政権に参加しようと目論みます。が、薩長の挑発により庄内藩、会津藩、桑名藩が暴発、慶喜はこれらを抑えることが出来ず、朝敵として排除されてしまいます。

徳川家主導で歴史が動いていたならば左ハンドルも

ここでもし、徳川家が権力を保ったまま議院内閣制へと移行していたとしたら、という仮定が考えられます。薩長を結びつけた坂本龍馬や土佐藩はこの方法を押しており、徳川慶喜もこれを目指していたと言われています。

幕府軍を支援していたのがフランスでしたから、近代技術はフランスから取り入れられた可能性が非常に高くなります。そこで、自動車も元はフランスが発祥ですから技術的にはイギリスにも引けは取らないはずです。

フランスは右側通行で左ハンドルですから、歴史にタラレバはありませんが、徳川家が新政権に入っていれば今の日本も「右側通行で左ハンドル」だったかもしれないのです。

フェラーリ458 イタリア 内装

右側通行/左ハンドルにするチャンスがもう一回ありました

日本の道路交通が右側通行の左ハンドルになるチャンスが、歴史上でもう1箇所あります。

それは、第2次世界大戦(太平洋戦争)の終戦時です。戦争に負けた日本は、アメリカGHQの占領下になります。

戦後、アメリカの統治下にあった沖縄では、実際にアメ車が走り右側通行/左ハンドルとなっていました。1972年に沖縄は日本へ復帰、「一国一交通制度」のもとで1978年7月30日に「アメリカ世」から「大和世」へと一斉に左右の切り替えが行われています。

日本本土も米軍の占領下において、交通をアメリカ方式の右側通行/左ハンドルへと変えるチャンスでもあったのです。この時代はまだ自家用車も少なかったでしょうし、何と言ってもあたり一面が焼け野原で何も無かったのですから道路を新規に引くのには最適でした。

今頃になって日本でアメ車が売れないとトランプ大統領は言うのですが、占領政策に組み込んで戦後すぐに、日本の交通ルールをアメリカと同じ右側通行&左ハンドルに変えていれば、もっとアメ車が売れていたのかもしれません。

所さんのアメリカンピクニックデイ2015

世界でも類を見ない7メーカーがひしめく日本

最初に「左側通行・右ハンドル」はイギリス方式と書きましたが、同じようにイギリスと関係が深い「親英の国」「イギリスの植民地」であった国が、今も「左側通行・右ハンドル」となっています。

逆に中国(清)のように反英(アヘン戦争で敵対、香港を割譲するはめになる)であった国などは、逆のフランス方式で「右側通行・左ハンドル」となっています。

世界的に見れば「左側通行・右ハンドル」は約3割で、残り7割が「右側通行・左ハンドル」になっています。世界最大の自動車市場である2トップ、アメリカと中国の市場が左ハンドルであることは、その国のメーカーにとって量産する上での大きなアドバンテージとなります。

ここで世界でも類を見ない自動車メーカーの数が多い国があります、それが日本です。通常、1つの国で大きなメーカーはどこも3社くらいなのですが、日本だけは7社もあります。「トヨタ(ダイハツ含む)」「日産」「ホンダ」「マツダ」「スバル」「三菱自」「スズキ」の7メーカーが誰もが頭に思い浮かぶことでしょう。

自動車大国のドイツを見ても、「ダイムラー(スマート含む)」「VWグループ(ポルシェ、アウディ)」「BMW」の3グループ、アメリカも「GM」「フォード」「クライスラー」のBig3と呼ばれるメーカーです。

メルセデスベンツGLC 内装

日本の自動車メーカーの繁栄は右ハンドルのおかげ

かつて日本はバブルの頃、自動車の販売台数は年間800万台に迫り、1位アメリカに次ぐ2位の自動車市場でした。そこへ、アメリカやドイツを始めとして各国のメーカーが参入を試みましたが、いずれも成功とは言い難い結果に終わっています。

この参入の障壁となったのが、「右ハンドル」だと言われています。高速道路の料金所も、駐車場の発券機も、ドライブスルーも全て右側です。

元々左ハンドルで設計されているドイツやアメリカの車です、右ハンドル化するには莫大なコストがかかります。しかし、右ハンドルは全世界の3割、しかもイギリスやオーストラリアではアメリカのように台数は売れません。

日本へ輸入する際にも左ハンドルのまま、使い勝手は悪く右折時の見通しも悪いなど、安全上にも問題があります。するとシェアも伸びない、台数が売れない、右ハンドルの開発費が出ないと悪循環に陥ります。

この輸入車が大挙して押し寄せてこられなかったことで、バブル期までに国内で日本の自動車メーカーを十分に育てる時間が生まれました。

輸入車のシェアが10%以下という国は、他に存在しません。(国が主導する中国は除きます)
従って、海外には「外車」という言葉自体がありません。つまりは、「国産車」「外車」の区別の概念が世界には無いのです。

左右のハンドルの違いには、そのような歴史の歯車が大きく関わっているのでした。

ところで日本が左側通行・右ハンドルの理由が解っていただけたと思いますが、そうするとその元となったイギリスは何で左側通行・右ハンドルなの!?何ですぐお隣のフランスやドイツと違うの?
という疑問が、当然のごとく湧いてきませんか。

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